リスクゼロを求めてはならない理由

なぜリスクアセスメントは「役に立たない」のか?




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RISKのイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

リスクアセスメントは、着実に日本の企業に広まっています。しかし、少なくない安全の専門家が、本音ではリスクアセスメントは役に立たないと考えているようです。そればかりか、その目的を「労働災害防止」ではなく「労働者教育」の一環であると考えているケースさえあります。(※)

※ ある大手企業の安全衛生年間計画で、リスクアセスメントが、(労働災害防止対策ではなく)労働安全衛生教育の項目に位置付けられているのを見たことがある。直接の労働災害防止の役には立たないと考えられているのであろう。

ここで問題となるのが、ゼロ災運動の「災害はあってはならない」というスローガンです。これは理念としてはもちろん正しいのです。確かに、災害ゼロは労働安全衛生分野の究極の目的です。

これまで、職場の安全教育などでは「災害ゼロは達成できる」「ルールを守れば災害はなくなる」と教えられてきました。

しかし、これはリスクアセスメントの基本的な思想においては、誤った考えだとされていることをご存じでしょうか。リスクアセスメントは、たんなる「労働災害防止のためのツール」ではありません。基本的な思想が、これまでの我が国の労働安全衛生の考え方とは大きく異なっているのです。

従来の「災害ゼロを目指す」という考え方でリスクアセスメントを実施したのでは意味のあるものにはなりません。リスクアセスメントの目的は、リスクを容認できるレベルまで減らすことです。すなわち、①まず、「容認できるレベル」を企業として定めて、②次に、起こり得る災害を予想し、③そのリスクを容認できるレベルとを比較し、④その結果から、リスク低減のための限りある資源を、災害防止対策にどう割り振るのかを定めることが目的なのです。

リスクアセスメントが「役に立たない」と感じられることが多いのは、その基本的な目的が理解されないまま、結果的に形だけ実施されてしまうことが原因ではないでしょうか。本稿では、リスクアセスメントでリスクゼロを目指してはならない理由を解説します。




1 リスクアセスメントの究極目的は災害ゼロではない

執筆日時:


(1)日本と欧米の労働災害についての考え方

ア 災害はなくせるのか、それとも必ず起きるのか

日本と欧米の考え方の違い

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表は、明治大学名誉教授の向殿政男先生によるもので、日本と欧米の考え方の違いを表している(※)。ここで、日本の考え方では「災害は努力すれば、2度と起こらないようにできる」とされているのに対し、欧米の考え方では「災害は努力しても、技術レベルに応じて必ず起こる」となっている。

※ 本稿で使用している図は、特に断っていない限り筆者が厚労省の現役職員として中災防へ出向していたときに作製したものである。個人的に使用して良いことは口頭で了解を得ており、一部は厚労省等でも使用した。

両方ともたんなる理想論であり、どちらが正しいといえるようなものではないと思われるかもしれない。しかし、実は、これは災害防止理論における近年の大きな考え方の転換を表しているのである。

実は、この表の目的は、リスクアセスメントの考え方、というよりその背景にある基本的な思想を説明するためのものである。リスクアセスメントのそもそもの出発点は、「災害は努力しても、技術レベルに応じて必ず起こる」のだから、容認できるレベルまでリスクを下げることなのである。「災害は努力すれば、2度と起こらないようにできる」という考え方のままで、リスクアセスメントを行っても、意味はないのだ。


イ 欧米の労働災害防止の考え方の変化

表では「日本の考え方」と「欧米の考え方」として対比させて示している。しかし、欧米だとて、かつてはこの表の「日本の考え方」と同様な考え方で法制度を組み立てて運用していたのだ。

しかし、欧米では、この表の「日本の考え方」では、運用に無理が出ることにいち早く気付いたのである。それまでは、新しい災害が発生する(又は予想される)と、その再発防止対策のために規制をかけるという手法をとっていた。そのことは、我が国の安全衛生対策と変わりはない。しかし、現場で用いられる化学物質や製造工程が多様化する中で、次々に新しい災害が発生し、このままでよいのかという反省が出てきたのである。

実を言えば、それまでも(現在の我が国と同様に)建前としてはあくまでもゼロ災害を目指すといいつつも、本音ではある程度のリスクはやむを得ないと容認していたのである(※)。しかし、労働安全衛生以外の分野では、いち早くどこまでのリスクなら容認できるかを考え、現実に起こり得る危害のリスクを容認できるレベルまで下げることがリスク管理であるとされるようになっていた。その考え方が労働安全衛生の分野にも浸透していったのである。

※ 現実には、安全衛生の分野でも化学物質の慢性ばく露対策では、(我が国の専門家を含めて)一定のリスクを容認するという考え方は広く受け入れられていた。しかし、化学物質対策以外の労働安全衛生の分野へは、(建前としては)広まらなかったのである。

すなわち、この表は「日本の考え方」と「欧米の考え方」というよりも「従来の安全衛生対策の基本思想」と「リスクアセスメントの背景思想」なのである。そして、リスクアセスメントについては、日本は欧米に大きく後れをとっているということをも表していた。


ウ 日本の労働災害防止の従来の考え方

安衛法の第2章に定められている労働災害防止計画は、かつては死亡災害については目標を定めていなかった。死亡災害はゼロでなければならないという建前から、何パーセント減という目標(※)を立てることがタブーとなっていたのである。

目標が「○○パーセント減」なら、死亡災害発生が○○パーセントまではかまわないということになる。すなわち、死亡災害が起きているにもかかわらず、目標が達成できてよかったということになる。これは当時の安全衛生行政にとって、認めがたいことであった。

※ もっとも、これは労働安全衛生の分野に限られない。新型コロナによるパンデミックが発生したとき、国会論戦でも「国民の生命を守るのが政府の役割」などと抽象論に終始し、「感染者と死者を○○人以下に抑える」などという具体的な目標や「その目標を達成するために、これだけのコストをかけて、これだけのこれだけのことをするので目標は達成可能だ」などという話はついぞ聞かれなかった。このため、パンデミックが「終わった」後の行政の行ったことが成功なのか失敗なのかの議論も空中戦のままだった。これでは、再び同様なことが起きたときの我が国の危機管理が危ぶまれよう。

オリンピックの実施にしても「開催のメリットはこれだけあるが、これだけの対策を採るので感染者・死者はこれだけになる、だから開催したい」というリスク論は(さすがに政府としては言えないだろうが)誰も言わなかった。「感染者を出さないことが前提」などという根拠のない抽象論に終始していた。しかし、リスクの予測とその納得できる根拠を国民に示さないまま、オリンピックの開催を強行したことには強い疑問を感じる。

筆者が労働省に入省して3年目のとき、すでに鬼籍に入られた方だが、当時の職場の上司に
「労働災害の防止には、予想される被害額よりも大きなコストをかけるべきことは当然だ。しかし、無限のコストをかけることはできない。コストと災害発生件数はトレードオフの関係にあり、国民は一定数の労働災害の発生はやむを得ないと容認しているのではないか。」
と言った(※)ことがある。

※ その前に、「もし自動車の製造使用を禁止すれば、数千人の国民の生命が救われることになるが、国民はだれもそのことを望んでいない」と言っている。

そのとき、その上司から
「それは違う。国民は、『正常に機能すれば災害が起きないシステム』を求めている。事故とは、ルール違反などでそのシステムが機能していないために起こるものだ。『ルールを守っていれば災害が起きない制度』を国民は求めているのであり、災害の発生を容認してなどいない。」
と強くたしなめられたことを今でも覚えている。

すなわち、当時、我々(安全衛生担当の行政官)は「(遵守されていれば)事故が起きない制度」が構築可能であると考え、それを確立しなければならないとの理想に燃えていたのである。

言葉を換えれば、当時は「事故が起きない状態」こそが正常であって、事故とは「そこから逸脱する異常な状態」なので、行政による指導・支援・さらには監督によってなくしてゆくべきものという考えだった。

しかし、現代では「逸脱は不可避」と考えるようになり、それをどこまで減らすのかが問題となっている。そのために事業者が用いるツールがリスクアセスメントなのだ。


(2)日本で用いられているリスク評価ツール

ア よく使用されているマトリクスの問題点

典型的なマトリクス法

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図は、我が国において、マトリクスによるリスク判定によく用いられているものである。おそらくほとんどの方は、このマトリクスにあまり違和感を抱かないのではないだろうか。

※ このスライドは、(先述したように)筆者が厚労省の現役職員だったころ、中央労働災害防止協会に出向したときに作成して、様々な研修会に使用してきたものであるが、マトリクスの数値等は後述するように筆者のオリジナルではない。

ただし、マトリクス法の使用例としてではなく、これを使用してはならないという説明のために使用していたのである。

諸般の事情から「これは例に過ぎない」とスライドに記してあるが、口頭ではこれは使ってはならないと説明していた。その理由は2つある。

【図のマトリクスを使用してはならない理由】

  • 発生可能性の区分が、「極めて高い」「比較的高い」「可能性あり」「ほとんどない」となっている。しかし現代の日本の事業場で、負傷又は疾病の重篤度が「致命的」「重大」「中程度」の災害が「極めて高い」「比較的高い」「可能性あり」などという状況は考え難い。このためほとんどの災害のシナリオが「ほとんどない」に該当することになってしまう。これではリスク評価ではなく、実質的にハザード評価になってしまう
  • このマトリクスでは、ある災害のシナリオの負傷又は疾病の重篤度が「致命的」だと、可能性が「ほとんどない」でも、リスクレベルが4で優先度は「高」になってしまう。しかし、現代社会で事業を行う以上、死亡災害が発生する可能性がゼロということはあり得ない。そのため、どこかでごまかすしかなくなる。すなわち、肝心のリスクが容認できるレベルかどうかがごまかされてしまうのである。

例えば、大型のプレス機械について考えよう。両手操作式押し釦スイッチと光線式安全装置が備えられていれば、そのプレス機械について「災害のリスクがあるのですぐに使用をやめてさらなる安全対策を採らなければならない」とは、誰も考えないだろう。

しかし、押し釦スイッチは、片方のスイッチの接点が蒸着して常に通電状態になれば役に立たなくなる(※)。また、光線式安全装置も故障する可能性が否定できない。「機械は故障し人はミスをする」というのは、リスクアセスメントの鉄則である。

※ ルール上は、作業開始時に片方づつスイッチを押して起動しないことを確認することになっていても、省略されることも多い。またチェックしたとしても、その後で蒸着する可能性もある。

現実には、光線式安全装置が故障したり、スイッチが蒸着する可能性はきわめて低い。しかも、この2つは完全に独立しているから、両方が同時に故障する可能性はゼロに近い。しかし、ゼロではないのである。そうなると、「片腕をプレスでつぶされて、大量に失血する」というシナリオもリスク評価の対象にしなければならない。

そうなると、このシナリオについて前出のマトリクスを用いると、負傷又は疾病の重篤度を致命的と考えれば(※)、リスクレベルは4となり、優先度は高になってしまう。従って、ただちに作業をやめて新しい対策を採る必要が出てくる。

※ リスクアセスメントでは、負傷又は疾病の重篤度は最悪ケースを考えることになっている。出血による死亡の可能性は否定できない。


イ よく使用されている足し算法の問題点

典型的な足し算法

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そして、同様な問題は、マトリクス法よりも足し算法の方がより深刻となる。足し算法の場合、負傷又は疾病の重篤度で「致命的」な災害にある程度の高い数値を割り当てると、リスクレベルはその値よりも下がらない(※)

※ 足し算法は、ある意味でマトリクス法のマトリクスの各セルに、負傷又は疾病の重篤度の値と発生の可能性の値を加えた数値を割り振ったものと考えることができる。マトリクス法では、各セルに自由な数値を割り振れるので、足し算法はマトリクス法よりも自由度が低くなるのである。

足し算法は3要素法が使えるので、マトリクス法よりも使いやすいという説がある。しかし、マトリクス法でも何の問題もなく3要素法は使える。マトリクスを2つ用いるか、3次元のマトリクスを用いればよいだけである。

筆者は、リスクアセスメントではマトリクス法を推奨しているが、それは、このような理由による。なお、国際的にはマトリクス法が最も普及しているようで、齋藤(※)は、「Chinniah らは、2000 年後半を中心に産業界で用いられていた又は文献等で提案されていた 108 種のリスク見積もり手法を調査し、そのうち、マトリックス法が 53.7 %を占め、数値採点法(14.8 %)やリスクグラフ(10.2 %)よりも広く使われていることを報告している」としている。

※ 齋藤剛「機械設備に係るリスクアセスメント支援システムの開発」による。なお、引用文中の論文は、Yuvin Chinniah et al.“Experimental Analysis of Tools Used for Estimating Risk As sociated with Industrial Machines”(Studies and Research Projects Report R-684 2011)である。


ウ よく使用されているリスクグラフの問題点

典型的なリスクグラフ法

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なお、リスクグラフ法は、機械の製造メーカによる機械のリスクアセスメントにはよく用いられているが、一般の事業場ではあまり使用されていないようだ。

リスクグラフ法は、前述のマトリクスや足し算法ほどには問題はないが、いかんせん、現実に適したリスクグラフを作るのは困難という面がある。

最初の分岐点で、負傷又は疾病の重篤度が上下に分かれると、下側のルートと上側のルートを交差させるとリスクグラフが複雑になるためである。


(3)日本の労働安全衛生の考え方

我が国で、先述したマトリクスが広範に用いられているのは、実は、厚生労働省の「危険性又は有害性等の調査等に関する指針 同解説」に、このマトリクスが示されている(※)ためである。

※ なお、JIS Q 31010:2012「リスクマネジメント−リスクアセスメント技法」を含め、日本産業規格にはこのようなマトリクスは載っていない。

この解説を作成した当時、厚労省の担当者は、具体的な実施例を示さないと分かりにくいと思ったのである。そこで、親切にも(専門家検討会での議論を踏まえたマトリクスを用いたらしいのだが)あくまでも例として具体的なマトリクスを使った手法を示して説明したのである。しかし誤解を受けないために、図の表題にも「例」と明示し、注記として「代表的な方法を例示として記載した」と記して、これを推奨するものではないと示しておいた。

そもそもリスクアセスメントというのは各事業場において自律的に行われるもので、マトリクスは各事業場や業界団体において独自に作成されるべきものである(リスクアセスメントとはそういうものだ)。当時の厚労省の担当者もそう考えていた。ところがそうはならなかった。厚生労働大臣の告示という言葉の放つオーラは、厚労省の担当者の想像をはるかに超えるほど強力だったのである。

かくして、負傷又は疾病の重篤度が「致命的」である災害は、どれほど可能性が低くても、ただちに仕事をやめて対策をとらなければならないという内容のマトリクスが日本中を席捲したのである。

すなわち、リスクアセスメントの中に、「致命的な災害はあってはならないし、またなくすことができる」という思想が入り込んでしまったのである(※)

※ この問題を解決する(ごまかす)ために様々な方法が考え出された。例えば、「発生の可能性が十分に低ければ、『負傷又は疾病の重篤度』を下げて構わない」とか、「リスクレベルに注記をする(当サイトの「リスクアセスメントの基本問題と解決法」を参照されたい)」などである。

そうまでするくらいならマトリクスそのものを変えればよいと思うのだが、厚生労働大臣という言葉の持つオーラはそういう考え方を封殺してしまうのに十分な威力があるらしい。


(4)筆者の推奨するマトリクス

ア T. E. マジソン博士の作成したマトリクス

マジソンによるリスクマトリクスの例

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このマトリクスはT. E. マジソン博士の「化学工業における重大事故の制御について」に示されたマトリクスである。

ただし、労働災害ではなく、化学工場の周辺住民の危険性に関するリスク評価のためのマトリクスである。当然のことながら、工場労働者の災害リスクよりもはるかに厳しいリスク評価が求められている。

ここでは、1人の死者の生じる事故については、10-4より小さければ許容可能であるとされている。

ここで、重要なことは個別の数字ではなく、我が国の厚労省が示したマトリクスでは1人の死者が出る事故でもわずかな可能性があれば許容されないとされていることとの違いである。

T. E. マジソン博士のマトリクスでは、「許容されるリスクのレベル」が示されている。従って、予想される災害のシナリオについてリスクを計算し、それが許容できるかどうかを判断し、対策にどれだけのコストをかけるべきかがが明確になる。

ところが、厚労省のマトリクスの場合は、その目標が示されていないので、どこかで「ごまかす」しかない。そして、どこまでのリスクレベルでごまかしたのかは公にされず、関係者にもそれを知ることはできないという状況になる。それは、決してよいことではない。


イ 筆者の作成したマトリクス

マジソンによるリスクマトリクスの例

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筆者はリスクアセスメント研修会では、このマトリクスを用いている。これは筆者のオリジナルであり、役所や特定の団体のオーソライズを受けたわけではないので、そのつもりで見て欲しいと、必ず断って使用している。

なお、一部の民間の教育機関でこれがそのまま用いられているという話を聞いたことがある。筆者はこのマトリクスを使用することを禁止してはいないが、教育機関で使用されていることについては関知していない。どうか自己判断で用いて欲しい。


2 災害防止の理論

(1)発生の可能性を下げるか、結果の重大性を下げるか

ア フォールトトレランスとフォールトアボイダンス

フォールトアボイダンスとフォールトトレランス

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災害による被害を減じるためには、①災害の発生する可能性を減じる方法(フォールトアボいダンス)とともに、②災害が発生したときにできるだけその被害を小さくするという方法(フォールトトレランス)がある。

こう言われても、誰も違和感は受けないだろう。当たり前のことだからである。我々が車に乗るたびにシートベルトを締めるのは、交通違反の切符を切られるのが怖いからではない。そうすることで、事故が起きたときに災害の程度を小さくできるからである。

ところが、これが当たり前ではない世界があるのだ。災害はあってはならない(リスクはゼロでなければならない)という考えに立つと、②の災害が発生したときにできるだけその被害を小さくするという方法がとりにくくなることがある。


イ 東日本段震災における奇妙な体験

東日本震災のとき、がれきから舞い上がる粉塵に石綿が含まれているのではないかと問題になったことがある。現実には、石綿だけでなく様々な有害物質が含まれている可能性も否定できなかった。少量であればとくに問題とはならない物質でも、長期にわたって日常的に吸引していれば健康障害が起こり得るのである。

そのとき奇妙なうわさが流れてきた。政府(厚労省ではない)から、がれき処理にあたる大手の建設会社に対して、建設会社の職員があまり大仰な防塵マスクをしていると、一般住民にいたずらに不安を感じさせるので、必要最小限のマスクをするようにして欲しいとの要請があったというのである(※)

※ 当時、筆者は厚労省の安全衛生部化学物質対策課に在籍していた。しかし、少なくとも筆者のところへは、上級組織から正式な命令や指示の形での話はなかった。ただ、そのような話が流れてはきた。

現実に、大手の建設会社の方や事業者団体の方から、「あまり大仰なマスクをしてはならないのでしょうか」と尋ねられたことがある。そんなとき、筆者は「どこからそんな話を聴いたのか知りませんが、無視してください。労働者には必要なマスクを着用させてください」と答えていた(※)

※ 筆者としては、職務を誠実に果たしただけである。批判されるいわれも、称賛されるいわれもない。

災害ゼロだの健康影響はないなどということを建前にしてしまうと、対策が取りにくくなるという現状があるのだ。


(2)災害防止の4つの方法

安全性(信頼性)の向上に関連する4つの考え方

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この表も、筆者が厚労省の職員時代に中災防へ出向したときに作成したものである。口頭で説明することを前提としたものなので、読んだだけでは分かりにくい部分があるかもしれない。

いずれも、「機械は故障する、人はミスをする」という大前提に立った対策である。

なお、フールプルーフにおける「信じられない事故(異常な操縦による自動操縦の性能を試しエンジン爆発」ついては、実際にあった航空機事故を念頭に置いたものである。

自動操縦で飛行するコックピットで退屈した副操縦士が、基調に向かって「もしエンジンのタコメータ(回転計)を無効化したら、自動操縦装置はどうするでしょうね」と問いかけたのである。本来であればこれをたしなめるべき機長は、「面白いからやってみよう」と同意したのである。

これは、機長と副操縦士の自動操縦装置に対する絶対的な信頼感が背景にあるといわれている。何をやっても自動操縦装置は上手く制御するだろうと考えたのである。乗客・乗員が乗った航空機でこのようなことをするなど言語道断ではあるが、システムに対する信頼感と、することを機械に奪われた退屈さがこのとんでもない行為を誘発したのである。

副操縦士は、タコメーターのブレーカを引き抜いて無効化し、機長はその状態でスロットルを開いた。要するに自動車であればアクセルを踏んだと思えばよい。

自動操縦装置としては、スロットルが開かれたのでエンジンの回転数を上げたのである。このときタコメーターが無効化されていたので、自動操縦装置には回転数が分からなかったが、そのことを異常だとは思わず、また、そのことで人間に警告を発しなければならないとも思わなかった(※)

※ そのように設計されていたからである。

エンジンの回転数はそのまま上昇を続け、実用的な使用回転数の限界に達する直前にエンジンのファンブレードが飛散し、そのうちの1枚が機体に孔をあけたため乗客の1名が機外に吸い出されてしまったのである。

機長と副操縦士は、退屈からは解放されたがその代償は大きかった。機体を近くの飛行場に無事着陸させたものの、乗客の1名が行方不明のままとなったのである。


3 リスクはないとの建前を掲げてリスクから目を背けた例

(1)福島第一原発の事故

ア 津波の高さは予想できた。

フォールトアボイダンス(?)による失敗例

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この図は、筆者が厚労省から中災防へ出向したときに研修で使用するために作成したものである。福島第一事故の1年ほど後のことで、この事故を念頭に置いて作成しているが、諸般の事情から「本事例にはモデルはありません」と注記した。この図のA事象は大震災、B事象は津波の発生、C事象は外部電源の喪失、D事象は内部電源の喪失である。

深刻な事故にしない簡単な方法とは、①建物の水密化、②自家発電装置の建物上階への移設、③バッテリーの建物上階への移設、④480 ボルトの電源車の製造と高台への配置などである。詳細は次の記事を参考にして頂きたい。

福島第一への道を示す表示

福島第一原発事故を引き起こしたもの

福島第一原発事故の詳細な経緯及びどのようにすればこの事故が防げたのかを解説します。

もちろん、完全な対策としては津波防護壁の建築ということになる。しかし、津波の高さがどこまでなら安全ということが分かっているわけではないのだから、確かにあまり現実的ではないだろう。

現実の福島第一について、東京電力は、発生する津波の高さは最大で 6.1 メートルだと想定していた。このため、冷却用の海水を利用しやすくするため、わざわざ地面を掘り下げて建設していたのである(※)

※ これに対して、女川原発は、14.8 メートルの立地に建設されていた。東北電力のWEBサイト「東日本大震災と女川原子力発電所」によると、同社では 2002 年の3号機の建設のときに、津波の高さを 13.6 メートルと評価している。

現実には、東北震災のときに地盤沈下によって立地が1メートル下がり 13.8 メートルとなったが、津波は 13 メートルだったためかろうじて安全に冷却停止をすることができたのである。しかし、東京電力が、福島第一原発では津波の高さを 6.1 メートルとして頑として修正しなかったのに対し(※)、東北電力が 13.6 メートルと評価していたことが安全につながったと考えることはできよう。

※ 日本経済新聞社「福島第1原発、10 メートル超の津波想定 東電が 08 年試算」(2011年8月24日)によると「東電は 02 年の土木学会の津波評価をもとに、福島第1原発での想定津波の高さを最大 5.7 メートルと設定していた。08 年に、869 年の貞観地震や国の地震調査研究推進本部の見解などをもとに、巨大地震時の津波の規模を試算。福島第1原発の5~6号機に来る津波が 10.2 メートル、防波堤南側からの遡上高は 15.7 メートルという結果をまとめた」とされている。分かってはいたのである。

なお、東京電力は「東京電力からのお知らせ」において「今回の津波は、それまでの知見では想定できない大規模なものでした」としている。公平のために紹介しておく。

柳田(※)によると、869 年に発生した貞観津波では、福島第一の想定をはるかに超える 10 メートル規模の津波が、福島第一原発のある福島県双葉郡を襲ったとされる。であれば、同じ高さの津波が再び同地を襲う可能性があることは、子供にでも分かることであろう。

※ 柳田邦男「この国の危機管理 失敗の本質」(毎日新聞出版 2022年)

なお、東京電力によれば、実際に東日本大地震で福島第一を襲った津波は、14 から 15 メートルとされている(※)

※ 日本経済新聞社「福島第1原発を襲った津波、高さ14~15メートル 想定の3倍」(2011年4月9日)による。


イ なぜ対策が立てられなかったのか

なぜ東京電力が、津波に対する対策を立てようとしなかったのか。誰が考えても、敷地の高さを超える津波が来れば、福島第一原発の内部電力が壊滅的な被害を受けることは容易に想像がつくだろう。

自家発電装置は、ほとんどのものが地下に設置されており、バッテリーも地下に設置されていた。地下室は水密化されていないため、導電性の海水が大量に流入すれば、それですべて終わりである。

また、福島第一原発は 480 ボルトという極めて特殊な電源を採用しているため、災害発生時にどこかから可搬性の電源を運び込もうにも、国内に 480 ボルトの可搬性の電源が存在していなかった。

すなわち、福島第一の全容を理解できていれば、その命運は津波が発生すれば終わりだということは分かることなのである。もちろん、平穏な現状はいつまでも続くという「正常性バイアス」も働いていたのであろう。

この点について、「東京電力事故福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の委員長を務めた畑村氏(※)は、その理由を次のように述べる。

※ 畑村洋太郎他「福島原発事故から10年で思うこと」(日本原子力学会誌 Vol.63 No.5 2021年)

【良質な睡眠を確保するための環境づくりや生活習慣】
Ⅱ.人・組織・社会の特性について
2.「減災策」で対策コストは軽減できる
  組織が判断・決定・実行するとき、周囲はそれらの考え方や実行に完璧を求め、不完全や論理矛盾を許さない。たとえば、原子力発電所を設置する際、原子力は安全であるとして、社会に理解を得ようとした。いつしか「絶対安全」が神話化され、事故や自然災害を考えること自体が許されなくなった。その結果、技術の進歩により明らかになった新たな危険や自然災害に対する防災策や被害軽減策を講ずることができなくなった。
  (中略)例えば福島原発事故の場合、膨大な費用をかけて堅牢な高い防潮壁を作らずとも、非常用発電機や配電盤を高所に設置したり、所内の各所に浸水防止設備を配しておけば、事故を防げたと考えられる。また、格納容器の圧力を下げるためにフィルターベントが行われていれば、被害は局所的になり、筆者の試算では、事故の対策費は国が目下計上している約 20 兆円の 1/1,000 の 200 億円程度で済んだと考えられる。
※ 畑村洋太郎「福島原発事故から10年で思うこと」(日本原子力学会誌 Vol.63 No.5 2021年)

すなわち、リスクゼロを装った挙句に「リスクゼロだから対策を採る必要はないので対策は採らない」ということだったということであろう。事実だとすれば、無責任の極みとしか言いようがない。いずれにせよ、政府事故調の(元)委員長の言である以上、それが事実であったと考えるよりほかはない。

なお、畑村氏は、事故から間がない時期に、その著述(※)において、対策を採らなかった理由としては訴訟対策もあったと述べている。国家の安全、国民の安全よりも自社の利益を上に置いたということであろう。

※ 畑村洋太郎「福島原発事故はなぜ起こったか 政府事故調核心解説」(講談社 2013年)

リスクゼロを装うことの危険性がここに表れている。


4 最後に(なぜ日本のリスクアセスメントは「役に立たない」のか)

(1)よくある「リスクアセスメント」の例

よく労働安全衛生関連の専門誌に、リスクアセスメントの事例が掲載されているのを見かけることがある。例えばこのようなものである。

【よくある「リスクアセスメント」の例】

  • ある機械設備を導入することになったので、災害発生の危険性がないか確認した。
  • 機械設備にAという欠陥(鋭い突起があるなど)が認められたので、(厚労省のマトリクスを用いて)リスクアセスメントを行ったところ、リスクレベルは「高」であった。
  • そこで、Bという対策(カバーをするなど)を考えた。その対策の評価を行ったところ、対策後のリスクレベルは「低」になった。
  • B対策を行い、リスクレベルを「高」から「低」に下げることができた。

おそらく、多くの安全衛生担当者は、とくに問題はないと感じられることだろう。しかし、これではリスクアセスメントを行った意味はないのだ。

そもそもこの機械設備の安全点検を行えば、リスクアセスメントなどしなくてもAという欠陥は発見できるのである。一方、Bという対策にそれほどコストが必要となるわけではない。

であれば、リスクアセスメントなど行うまでもなく対策をしなければならないのである。すなわち、リスクアセスメントを行うまでもなく、たんなる「安全点検」を行うだけでも同じ効果が出るのである。リスクアセスメントのメリットなどないのだ。

このように言うと、「いやリスクが下がったことが客観的に評価できた」という反論はあるかもしれない。しかし、それではリスクアセスメントは、労働災害防止のためのツールではなく、対策の評価のためのツールということになる。

リスクアセスメントとは、そもそも限りあるコストをどのように配分すれば効果が最大になるかを決めるため、また、ある災害のシナリオが容認できるかどうかを知るためのツールなのである。検討するまでもなく、実施するべき対策について、その効果を知るためのものではないのである。


(2)「リスクアセスメント」が牙をむく?

そればかりか、厚労省のマトリクスを用いると、明らかに効果がある対策でもリスクは下がらないという評価になることがある。そうなると、明らかに効果のある対策をとる意味はないということになりかねない。

それは、発生の可能性は下がるが、負傷又は疾病の重大性は変わらないという対策である。厚労省のマトリクスを用いると、そのような対策はすべて「効果がない」という結果になってしまうのである。

【厚労省のマトリクスを用いると誤った評価がされる例】

  • ある機械設備は、10 年に一度の頻度で制御系が故障する。故障した場合、修理のために、その状態を再現して(通電したまま)制御系の各部のリレーの状態や、各部の電位を調べる必要がある。
  • 制御系は 400 ボルトで作動しておる。修理にあたる作業者は、絶縁用保護具を着用し、かつ、活線作業用器具(絶縁工具)を用いて行う。
  • このときの負傷又は疾病の重篤度は「致命的」である。一方、発生の可能性は、絶縁用保護具と絶縁工具を使用するルールだが、人がルールを守らない可能性や保護具の故障の可能性もあるので、ゼロではなく「ほとんどない」となる。従って、リスクは「高」となる。
  • そこで、制御系の電圧を 400 ボルトから 100 ボルトに下げる対策を考えた。
  • 対策後の負傷又は疾病の重篤度は、やはり「致命的」である。100 ボルトでも死亡災害は発生しているからだ。とはいえ死亡災害が発生する可能性は、400 ボルトのときに比してかなり低くはなる。しかし、発生の可能性は「ほとんどない」しか選べない(※)。従って、リスクは「高」となる。
  • 従って、対策の前後で、リスクのレベルは変わらない。

※ 400 ボルトと 100 ボルトでは、感電したときに死亡災害となる可能性が全く異なる。

どうだろうか。昔、工作機械の制御盤は 100 ボルトで作動していた(※)。しかし、米国製やフランス製の工作機関の制御系は 200 ボルトで作動していたため、日本の大手企業では、制御盤の電圧をすべて 100 ボルト用のものに変えて使用していたケースがある。

※ 最近は、24 ボルトで作動するものも多い。。

もちろん、労働者の感電災害防止のためである。当時、その企業ではほとんど発生していなかった感電災害防止のために、そこまでコストをかけていたのである。ところが、厚労省のマトリクスを用いてリスクアセスメントを行うと、効果はないという結論になってしまうのである。

つまり、効果のある対策が、リスクアセスメントを行うことで「意味がない」ということになってしまうのだ。

これはいうまでもなく、マトリクスの側に問題があるからだ。結果が「致命的」な災害は、すべてリスクレベルが「高」だとしてしまうため、ある程度、発生の可能性を下げると、あとは何をやってもリスクは高いままになるのである。まさにリスクアセスメントが効果的な対策に牙をむいているのだ。

とりあえず、私が作成したマトリクスを使用して頂きたい。対策によってリスクが明らかに低下することが分かるだろう。


(3)容認できる「発生の可能性」を求めて

先ほど(1)で挙げた「機械設備にある鋭い突起」についてのリスクアセスメントのどこが間違っているのだろうか。それは、そもそも必要のないところに無理やりにリスクアセスメントを行って、リスクアセスメントを行って成果が出たとアピールしただけで終わっていることである。

機械設備に鋭い突起があれば、そこにカバーをかけるのは当たり前の対策であって、そもそもリスクアセスメントを行う必要もないことなのである。

本来は、あまりありそうもない災害について、リスクが容認できるレベルかどうか、またコストをどのように配分するかを決めるのがリスクアセスメントの目的なのだ。

例えば、カバーが外されたときに災害が起きることはないか、カバーが破損して災害が起きることはないか、修理のためにカバーを外して災害が起きることはないかなど、「人はミスをし、機械は故障する」ことを前提に様々な可能性を考えてシナリオを抽出することで意味が出てくるのである。

その上で、「そこまで対策を採らなくてもよいのではないか」と思えるようなことについて、リスク評価を行い、対策の手法を考えて、コストとのバランスから対策を立ててゆくのだ。これが、リスクアセスメントなのである。

当然のことだが、厚労省のマトリクスを用いていたのでは、このようなリスクアセスメントは不可能である。ハザードが大きければ、すべてリスクレベルが「高」になってしまうシステムではこのようなリスクの評価はできない。


(4)専門家の活用が望まれる

また、過去の災害や機械の危険性について広範な知識がないと、そもそも災害のシナリオ抽出はできないし、その発生の可能性についての評価もできない。

リスクアセスメントは、誰にでもできる魔法の杖ではないし、形だけ整えればよいというものでもないのである。効果のあるリスクセスメントを行うために、ぜひ、労働安全衛生コンサルタントなどの専門家の活用を図って頂きたい。


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